最後のイタコ、松田広子の口寄せ
死んだ人の魂を自分に憑依させ、その言葉を伝える「イタコ」。いま正統なイタコはたったの6人しかいません。室町期から活動が続いてきたとされるイタコは、現在消滅の危機に瀕しています。今回はそんなイタコについて紹介していきます。

イタコがいなくなる!?日本に正統なイタコはたったの6人

イタコは東北地方に伝わる女性の霊媒師です。死んだ人の魂を自分の体に憑依させ、その言葉を伝える「口寄せ」を生業にしています。
イタコには地域の相談役としての側面もあります。人の前では言えないけれども、イタコや、それに憑依している霊になら言える、イタコの前で溜めていたことを吐き出すことによってストレスを発散できるんです。今でいうと、心理カウンセラーみたいな役割です。

イタコの起源については、実のところよくわかっていません。死者の魂を呼び寄せる「口寄せ」自体は、縄文時代から存在していたのではないかと言われています。南部地方(青森県東部および岩手県北部などの地域)で活動するイタコは、室町期後期に、下北半島を治めていた八戸南部氏が、霊場として恐山周辺を整備した際、修験者(山伏)に混じって「お山参り」をしたのが始まりなんだとか。修験者がイタコになるケースもあったようで、修験者とイタコって結構関わりが深いんですね。

また、イタコといえば「恐山」というイメージがあるかもしれませんが、実際には正しくありません。イタコはいつも恐山にいるわけではなく、普段は地元で暮らしています。恐山にいるのは恐山の大祭の時だけなのです。

そんなイタコは最盛期の明治初期には、南部地方を中心に500人ほどいたとされます。それが現在では正統なイタコは、なんとたったの6人しかいないんです。

高齢化が進むイタコたち

そのたった6人のうち5人が、70歳以上の高齢者です。イタコの「消滅」は、もはや時間の問題かもしれません。

1980年代には、イタコもまだ300人ほどいたと言われます。なぜこれほどまでに、イタコは数を減らしてしまったのでしょうか?

一つには経済的な理由があります。イタコたちにも自身の生活があります。弟子を取ることは自分の競争相手を増やす行為に等しかったのです。だからイタコたちは弟子を取ろうとしませんでした。そのためイタコの若い世代が育たなかったのです。イタコは経済的に余裕があるわけではなく、特にイタコになって最初の1~2年はほとんど客もつかず収入がなく苦しいといいます。

また、江戸時代以降、イタコは目が不自由な女性の生業になっていたという背景もあります。彼女たちは目が見えないので、口伝えで技が受け継がれていったんです。そのため、技を体系化した書物がほとんど残っていません。このことが、後継者の育成をますます難しくしてしまっているんです。

イタコが減った意外な理由

イタコは盲目の女性の生業だと前述しました。
1970年以前、失明の大きな原因だったのが麻疹(はしか)でした。昭和初期頃まで特に東北地方では衛生状態が悪く、麻疹が原因で失明する女児がたくさんいました。そのような失明した女性の職業の一つがイタコだったのです。イタコには、このように社会的弱者の受け皿としての側面もありました。
しかし、1970年代に麻疹ワクチン摂取の普及が進んで以降、麻疹によって目の光を失う女児が激減しました。近年は社会保障制度の拡充などによって、そうした児童がイタコになることはなくなりました。イタコはもはや「絶滅危惧種」なのです。

こうした公衆衛生の改善や社会保障の整備も、イタコが減った原因の一つです。

「口寄せ料金」は3000円が相場

イタコの口寄せ料金はいくらかかるでしょうか?自宅で口寄せしてもらった場合、料金は30分3000円が相場です。とても良心的な価格設定ですね。
しかし一方で、「イタコまがい」の悪徳ビジネスには注意が必要です。客に「悪霊が憑いている」と嘘をつき、お祓いが必要だと言って高額のお金を騙し取ろうとする人もいるのです。

イタコが口寄せするときには、数珠を手ですり合わせます。数珠の乾いた高い音と仏降ろしの経文で、イタコの精神は高揚していきます。ハイな状態になり、だんだん自分が空っぽになる感覚を味わうといいます。最終的には「無」となり仏様の世界と繋がるのです。いわゆるシャーマントランスという状態です。そして、故人の魂を自身に憑依させ、口寄せを成功させるのです。故人との奇跡の再会に思わず号泣してしまうお客様も多いようです。

なお、歴史上の有名人を口寄せしたがる人が多いようですが、依頼者と縁が深かった故人の魂しか降ろすことはできませんので注意が必要です。

「最後のイタコ」が思う「イタコ」を伝承していくこと

「最後のイタコ」と呼ばれている松田広子さんは、現役最年少の1972年生まれ(2021年現在49歳)と、他のイタコに比べて極端に若いイタコです。
盲目というわけではありませんでしたが、非常に信仰深い家庭に育ち、幼いころイタコに病気をお祓いしてもらう経験を通してイタコに憧れを持ち、中学3年生のときにイタコになることを決意しました。
高校時代は、バンド活動など普通の女子高生らしい生活もしつつ、イタコの修行を二足のわらじで続けました。そして厳しい修行の末、19歳のときについに免許皆伝、一人前のイタコとして認められたのです。1991年恐山の夏の大祭でイタコデビュー、それからはイタコとして活動を続け、多くの魂を降ろして、死んだ人の言葉を現世の人たちに伝えてきました。現役最年少であるため、人々から「最後のイタコ」と呼ばれるようになりました。松田さんの口寄せは大変人気となり、早朝の4時から行列が12時間待ちになるほどでした。

松田さんは、口寄せする時にいつも願っていることがあるといいます。それは仏様の声を聞くことによって、お客様に元気になってほしいということです。大切な人を失くした悲しみは何年経っても癒えるものではありません。最後に納得のいく別れが出来るケースは稀です。例えば医療における延命措置など、「故人にとって本当に良かったことなのか?」と、自問し続けている遺族にとって、故人本人の言葉は何よりも聞きたいものなのです。口寄せで故人の言葉を直接聞くことで、遺族はようやく気持ちの整理がつき、心が救われるのです。

彼女はこのように人の心を救うことが出来るイタコの貴重な巫術(ふじゅつ)の伝承を試みようとしています。イタコの多くは盲目なので技術が口伝でのみ伝わり、これまで伝書を残すことができませんでした。しかし、彼女には記録として残すできるのです。松田さんは自分が「最後のイタコ」とならないよう「はちのへ郷土研究会」といった地域の組織と連携しながら、青森に根付く信仰や風習を後世に引き継ぐべく活動を続けています。

イタコは消滅するのか

冒頭で述べたとおり、イタコは「絶滅危惧種」といわれるほど、消滅の危機に瀕しています。
イタコはこのまま消滅してしまうのでしょうか?

現在、最後のイタコである松田さんは、どんなに科学が発展して、暮らしが豊かになっても、人の思いは変わらないといいます。あの世に先に旅だった人を思い続ける感情は、これからもずっと人が持ち続けるものなのです。そんな人たちのためにも、彼女は受け継いだ大切な技術を後世に残していきたいと誓っています。目には見えないけれど、確かにある「あの世」。そこへ旅立った人の言葉を伝えること。そんなイタコの能力をひとりでも多くの人に活用してほしいと願っているのです。

死んだ人への思いがある限り、イタコは必要とされ続けます。イタコたちはその思いに応えるように、その技術をしっかりと後世に受け継いでいき、きっと長い将来にわたって、イタコは消滅せずに存在し続けていくことでしょう。

出典:istock

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